(社)大阪府建築士会会勢委員会女性委員会 藤原由紀委員長・上田仁美副委員長 近年、女性の社会進出には目ざましいものがある。建設業においても例外で はなく、特に設計分野では早くから女性建築士が活躍し、海外でも活動する 建築家もいる。社大阪府建築士会では、女性会員の集まりである「会員会勢 委員会女性委員会」が昨年8月、活動開始から20年を迎えた。その委員会の 中心メンバーとして活動を支える藤原由紀・委員長と上田仁美・副委員長の お二人に、委員会の活動状況や女性建築士を取り巻く環境、役割などについ て聞いてみた。 職・仕事 女性ゆえの苦労も 当初は現場にも出してもらえず ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――まずは女性委員会設立の経緯からお聞かせ下さい。 ■藤原 委員会として組織されたのは1998年ですが、女性建築士だけの集まりとしては20年前にさかのぼり ます。 □上田 現在の会員会勢委員会ですが、当初は会勢渉外委員会という名称で、会員、非会員を問わず女性建 築士の集まる機会をつくることからスタートしました。 ■藤原 1970年に国連が制定した国際女性年がきっかけだと伺いました。それに連動した動きとして建築士 会連合会の方から女性部会のようなものを発足させるよう通達がありました。 □上田 それから組織だった動きはなく、正式な「女性建築士の集い」として活動しだしたのが1987年でし た。その前年には兵庫や京都で発足してましたね。 ――その当時の士会の会員で女性建築士は何人位いらっしゃいました。 □上田 詳しい資料が見当たらず、はっきりしたことは分かりませんが、1978年に女性建築士を対象にアン ケートを実施したんですがその時で対象者が30名となっていました。 ――お2方はいつ頃から参加されました。 ■藤原 私は14から5年前に入りました。 □上田 私は丁度、「女性建築士の集い」がはじまった頃です。 ――社会へ出る前、学生の時代ですが建築系の学校での割合は。 □上田 私は住居学科でしたので女性は多かったです。ただ、建築学科は男性ばかりでした。 ■藤原、私は専門学校でしたが一学年に800人位学生がいて、女性は10人位でした。その後に女子建築設計科 が出来ました。 ――当時の就職先としては。 □上田 卒業当時はオイルショックの余波が残ってました。それ以前の求人はゼネコン設計部からの求人が 多く、設計事務所は殆どなかったです。で、私の頃からはゼネコンからの求人が殆どなく、設計事務所へ流 れるケースが増えてきました。私の場合は、ゼネコンに就職しましたが設計の仕事でなかったため、別の個 人の設計事務所に再就職しました。■藤原 私の場合、大学を出てから専門学校に入り直しました。就職先 はやはり個人の設計事務所でした。 ――事務所ではどのような仕事を。 □上田 その事務所は分譲マンションを主に手掛けていました。図面は書かせてもらっていましたが、施主 との打ち合わせなどには同行できませんでした。後から聞いた話では、女性を連れて行くと施主に「うちの 会社を馬鹿にしているのか」と言われたそうです。 ■藤原 当時の事務所は学校改修が多かったのですが、確認申請や図面の青焼、現場調査への同行と時々、 図面も書かせてもらっていました。結局1年程勤めましたが、不況で仕事が減る中、上司が何人か独立され る時に、「君も早く辞めないと辞めにくくなるよ」と言われ退職しました。次の事務所は大手事務所の協力 事務所で、そこではよく図面を書かせてもらいましたね。 ――これまでの仕事を振り返っての感想を。 □上田 前の事務所時代、最初の打ち合わせ段階から竣工までを手掛けたことはなかったんです。図面は書 かせてもらいましたが、現場に出たことは少なかったですね。ですから独立してからですね、最初から最後 まで係わるようになったのは。それで、独立した当時は現場の事がさっぱり解らなくて苦労しました。職人 さん達にもよく怒れられました。 ■藤原 私も勤めている時は最初から最後までというのはなかったですね。その後、その事務所を辞めてか らは独立した先輩の事務所を手伝いながら、右も左も解らないまま「とりあえず看板でも上げておこうか」 と事務所を開きました。 □上田 今までは資格を取っただけで独立するという怖いもの知らずの人もいましたが、今回の建築士法改 正でそういったこともできなくなりましたね。 ■藤原 ただ、士会に入ってからは、多くの先輩や仕事を通していろんなことを教えていただきました。 目覚しい女性の社会進出 会社や家族の理解・協力を ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ――ところで、お2人が仕事を始められた当時と、現在では女性を取り巻く環境の違いを感じられること は。 □上田 社会にでる女性の数が圧倒的に増えています。私が事務所勤務の当時、営業で女性が回るのが珍し い時代でしたし、役所に確認申請に行った時でも、職員の方に親切に教えていただきました。今では当たり 前になりましたが、女性の社会進出はここ20から30年で目覚しいものがあります。 ■藤原 女性の場合、建築の学校を出て就職という形だけでなく、ちょっとインテリアなんかに興味があっ てなどの転職や、嫁ぎ先が工務店や設計事務所で、ご主人の手伝いをしているうちにいつの間にか建築の仕 事に従事という方もいらっしゃいます。 □上田 私の知り合いでも、旦那さんがゼネコン設計部の勤務で、その影響で子育てをしながら、一念発起 して専門学校へ通い、一級建築士の資格を取った方もいらっしゃいます。 ――女性委員会ですが、会員の方の構成は。 □上田 20から30代のメンバーが殆どおりません。女性だけでなく、建築士会への若い人の入会が少なく、 組織を挙げてこの問題に取り組まなくてはと思っています。 ――建築系大学では女子も増えているように感じますが。 ■藤原 確かにふえていますね。設計事務所だけでなく、ハウスメーカーや家具などのインテリア関係に流 れているようですね。 □上田 建築を学んでいても就職となると流通関係の会社に行ったりとかね。ただ、女性の場合、結婚や出 産が最大のネックになりますね。委員会メンバーでもこれからという時に、妊娠したりご主人の転勤があっ たりとしますから、難しい部分があります。また、それをサポートする体制がないことも一因ですね。 ――お二人の仕事の状況はいかがです。 □上田 打ち合わせに行って奥様と打解けて話がはずむんですが、いざ契約となるとご主人が出てきて、 「もっと名の通ったところに頼む」と、ハウスメーカーなどに変えられてしまうこともあります。 ■藤原 打ち合わせでも、キッチンなど水廻りに奥様の意見を取り入れる場合など、そこだけ担当すること もあり、そういった意味で重宝される部分はあります。 ――ただ、女性の数は増えてきている。 □上田 それはそうですね。役所でもいろんな委員会への女性の起用が増えてきているようです。そういっ た点からは女性建築士の数は不足していますが、私たちが仕事を始めた当初からすれば、はるかに仕事はし やすくはなっていると思います。 ■藤原 ただ、本当に必要だからでなく、女性だからということで声がかかる場合もありますけど。 □上田 どこの業界でも同じだとは思うんですが、日本の社会全体が女性に対してそこまで望む状況にある かは少し疑問です。 ■藤原 私は‘なぜ女性だけで集まるの’との思いが今でもあります。特別なことをやっているわけでもな いですから。ただ、女性同士で解り合える部分も確かにあります。ですからこれまでも、これからも出来る ことをやっていくだけです。 □上田 やはり1人ひとりが自覚を持つことでしょうね。男性の前でも臆することなく意見が言えるように ならなければ。他の委員会では女性メンバーが1から2名しかいなく、若い人が年配の方に混じるとなると 続きません。そういった部分で、窓口として女性委員会がまだ必要で、女性の姿が珍しくなくなれば、女性 委員会も要らなくなる発展的解消が待ち遠しいです。 ――昨年の女性建築士の集いでは、たくさんの若い女性が参加してましたから、建築に対する関心はあるん じゃないかと思いますが。 ■藤原 予想以上にたくさんの方が集まってくださって大変うれしかったです。今後は、資格を持っていて 現在休職中の方や、かつて仕事をなさっていた方などにも声をかけるとか、いろいろと方法を考えていかな ければと思いますね。 □上田 それと組織事務所なら会社、個人なら家族などを含めて、周囲の方のご理解とご協力を、是非お願 いしたいです。 ――女性ならではの良さがあり、女性ならではのご苦労もあるわけですね。いろいろとお聞かせいただきま してありがとうございました。今後もご活躍をお祈りいたしております。 ■藤原由紀(ふじわら・ゆき)大学卒業後、修成建設専門学校卒。設計事務所勤務を経て、檪設計室を開 設。昨年から会員会勢委員会女性委員会委員長。 ------------------------------------------------------------------------------------------------ □上田仁美(うえだ・ひとみ)大阪市立大学卒業後、竹中工務店入社。退社後は設計事務所勤務を経て、上 田仁美建築設計室を開設。前女性委員会委員長、現在は副委員長。
