布村明彦・近畿地方整備局長に聞く
「 国民の目線で実感できる社会資本の整備へ 」 日本経済は、民間の設備投資の増加や個人消費の緩やかな回復により、デフレ 脱却を追い風にして景気回復に力強さを増している。しかし、建設業界を取り 巻く環境は、公共投資の減少などにより、依然として厳しい経営を強いられて いるのが現状だ。 また、昨年は自治体の談合事件が相次いで発覚するなど、暗い陰を落とした。 こうした中でも、昨年は「神戸空港」の開港、「けいはんな線」の開通をはじ め、「大阪駅北地区」(梅田北ヤード再開発)の開発事業予定者の決定、さら には今年8月2日には待望の関西国際空港第2滑走路の供用が開始されるな ど、着実に大規模プロジェクトが花を開きつつある。 「近畿再生」への期待も高い。そこで新春に当たって、国土交通省近畿地方整 備局の布村明彦局長に、近畿がさらに飛躍するために社会資本整備や防災対策 など、新たな観点から課題や今後の方針などについて聞いてみた。
(編集部 水谷次郎)
【写真上】道路整備や防災対策など、近畿の社会資本整備の必要性を熱っぽく語る布村局長
【写真下】平成16年10月、台風23号による円山川(兵庫県豊岡市)の堤防決壊及び市内への氾濫の状況 (近畿地方整備局提供)
◇◇◆ 急がれる幹線道路のネットワーク拡充 ◆◇◇ 〜〜〜〜〜府県の個性を大事に総合力を発揮 景気回復の今こそ、将来を見据えて〜〜〜〜〜
◇局長は、藤本貴也前局長の後任として昨年十月十六日に近畿地方整備局長に就任されて2カ月半が経った わけですが、はじめに就任後の近畿の印象などからお話をお聞かせ下さい。 布村局長 : 近畿でよく話題になるのは「元気がない」こと、また、関西は1つではなくて1つ1と揶揄され ることがあります。しかし、私がこちらに来て感じたのは、1つ1つという考え方も魅力的だなと思いまし た。近畿には歴史・文化に育まれた個性豊かで高いポテンシャルを持った地域が数多くあります。それを変に 1つにしない方がいいのかもしれないと思っています。そこには、地域に合った市民の暮らしがあったり、産 業の立地が個性的に進んでいます。大阪は大阪らしく、京都は京都らしく、また神戸は神戸らしく、各府県の 個性を大事にしていかなければいけないと思います。こうした地域の個々の力を有効に生かし、総合力として うまく発揮していけば、他も太刀打ちできないぐらいの力が出ると思います。しかし、まだ総合力を発揮でき るところまでいっていないのかもしれません。
◇近畿の文化・風土をもっと生かすということですね。景気見通しについては、どうみておられますか。 布村局長 : 日本の経済も景気拡大期が高度成長期の「いざなぎ景気」を越え、経済的な指標をみても全国的 に徐々に回復傾向を示しています。関西は全国の平均の中でみればいい方ですが、皆さんが実感できる景気回 復には、まだ繋がっていないと思います。しかし、経済が上向いている今こそ、目先のことにとらわれず、し っかりと将来を見据えたネットワークの整備や防災対策などの社会基盤を整備することが重要です。 ◇それでは、具体的に近畿の社会資本の整備状況についてお伺いします。 布村局長 : 関西の社会資本整備で心配されるのは、産業立地などの面で、首都圏だけでなく、最近は中京圏 に抜かれ、北部九州地域にすら遅れをとるような兆候も見え始めています。その原因は、近畿の道路ネットワ ークが十分に繋がっていないこともあるでしょう。例えば中京圏の道路整備をみると、東海環状道路や伊勢湾 岸道路などは万国博覧会の開催前にほとんど出来上がっているのですが、いまはそれに合わせて東海環状道路 沿いなどで産業の立地が進んでいます。同じ様なことが北部九州地域でも起きています。近畿の骨格となる道 路ネットワーク整備の遅れは、中国など海外での急激なネツトワーク整備の状況を考えると、港や空港とのネ ットワークも含めて、国内だけでなく国際競争力の低下にも繋がります。社会資本整備がきちんと行われない と、「後悔先に立たず」で、10年後、20年後に大きな差が出てきます。 ◇おっしゃるとおりです。京奈和自動車道などは、まだ1本の線になっていません。 布村局長 : 大阪湾岸道路にしても西伸部で切れています。阪神高速神戸線まで伸びていません。せっかく 船舶の大型化に対する神戸港の整備計画が進んでも、また神戸空港が開港しても、神戸まで道路のネットワー クがきちんと繋がっていないと効果が十分に発揮できません。大阪都市再生環状道路の一翼を担う淀川左岸 線、淀川左岸線延伸部、大和川線も出来上がれば、大阪湾岸道路、近畿自動車道、さらには他の阪神高速道路 などと連絡され、かなり車の流れがスムーズになると思います。関西は確かに文化財の調査や地権者の調整な どで大変だと思いますが、今後も幹線道路のネットワーク拡充は、着実に進めていかなければなりません。 ◇幹線道路の建設は、やはり大事なんですね。 布村局長 : それも質の高い道路整備が必要です。1980年代にアメリカは、落橋するなど経済にも大き な打撃を与え、「崩壊するアメリカ」と言われました。韓国・ソウルでも落橋し、大きな被害を出したことが あります。アメリカなどは、いま公共投資を増やし社会資本整備に力を入れています。中国も、どんどん高速 道路を建設しています。10年後に中国に抜かれたと言われないよう、骨格となる道路の整備は、いまからき ちんと整備しておかなければいけません。国際競争力で関西国際空港や神戸空港、大阪港と神戸港の連携強化 など、それらを生かそうと思えば、道路のネットワーク拡充は不可欠です。
◇◇◆ 防災対策は事前の備えが重要 ◆◇◇ 〜〜〜〜〜 住民の判断、行動による情報提供も 〜〜〜〜〜
◇防災対策も大きな課題です。
布村局長:近畿では阪神・淡路大震災をはじめ、平成16年10月の台風23号により兵庫県豊岡市の円山川 で堤防が破堤し、また、京都北部の由良川でも大水害が発生しました。福井県でも平成16年7月の豪雨によ り、堤防の破堤や山間の集落に土砂が流下し、家屋やインフラに大きな被害をもたらしました。これらの対策 もはじめからしっかりした治水対策を行っておれば、後の復旧費の10分の1程度、1桁小さい投資額で被害 を防げていたと思います。事前の備えを怠ると、そのための投資を大幅に越える被害が発生し、復旧・復興対 策、また地域の交流ネットワークなどの面で、必ず後でつけが回ってきます。 ◇近畿では、特に東南海・南海地震対策でしょうね。 布村局長 : 東南海・南海地震対策でも、事前の備えとしての治水対策や耐震対策などが重要です。備えをき ちんとしておかなければ、紀伊半島などの沿岸部は大きな津波の被害で集落が孤立してしまう恐れがありま す。新潟中越地震では、関越自動車道や一時代替路となった上信越道がしっかりした規格で造られていたため に、救助・救援、災害の復旧に大きく貢献したと言われています。紀伊半島などもこうした道路が必要です。 その1つとして、いま、緊急輸送道路などの役割を果たす高規格幹線道路・那智勝浦道路(和歌山県新宮市〜 那智勝浦町、延長約15.2?)の整備促進を急いでいます。 ◇局長は就任後の記者会見の席で、ユーザー感覚で実感できる社会資本の整備を強調され、ボランティアと の交流の必要性を挙げておられました。もう少し詳しくお願いします。 布村局長 : 防災に関しては、自助・共助・公助の3つの役割があり、それぞれの役割をしっかり果たすこと が大事です。情報1つとってみても、必要な情報が住民に伝わっているかといえば、これまでどちらか言え ば、行政サイドの情報でした。洪水が発生し、川の水位や基準点が何センチといった情報を行政が流しても、 住民にとっては分からない。水嵩が増えて注意しなければいけないという程度でしょう。また、避難すればい いのかどうか、避難するにしても場所が分からない、といった経験をお持ちの方も多いと思います。つまりユ ーザー、いわゆる受け手の判断や行動に結びつくよう情報でなければ、住民にとって情報とは言えないわけで すよ。道路の建設にしても同じです。道路は社会空間です。計画を策定する時に、単に車の台数や地域の活性 化などだけにとらわれず、地域の人々にとって使いやすい道、楽しい道、そして美しい道でなければいけない と思います。
◇防災やインフラ整備にはユーザーの立場に立った計画が必要なんですね。 布村局長 : 観光の面にしても、住んでいる人が誇れる街、「観光客にぜひ来て下さい」と言える街でなけれ ばよい街とは言えません。ある地域では観光客には全く要らないような素敵なスナックや、宿泊客がいない施 設もあります。地元の人たちが楽しんだり、観光客に開放したりしていますが、いずれにしても、自分たちが 住んでいる地域はよいところだと言える街になるよう、住民の発想も街づくりに生かしていくことが極めて大 事だと思っています。街づくりでは、地元の人たちで出来ること、行政が出来ることの双方が相対立するので なく、それぞれの役割をしっかり果たしていくことが重要です。 ◇◇◆ 近畿のモノづくりは大きな財産 ◆◇◇
〜〜〜〜〜 建設業者もさらに技術力のアップを 〜〜〜〜〜 ◇品質確保では、建設業者の技術力向上も重要課題になっています。 布村局長 : 資源のない日本がこれだけの発展を遂げてこれたのは、日本の優れたモノづくりや高い技術力に よるものです。建設分野でも、もう単に「安ければいい」という発想は、国際的にも通用しません。近畿地方 整備局では一般競争入札を拡大していますが、大事なことはその中で技術力が高まること。そして、よい仕事 をした「技術と経営に優れた企業」が評価されなければいけません。技術力を高めていくことは、資源のない 日本の宿命かもしれませんね。そのためには、いま実施している総合評価方式や公共工事品確法について、近 畿地方整備局だけでなく、各府県や市町村にもさらに浸透を図っていくことが必要です。近畿地方のモノづく りは、これまで建設分野だけでなく、中小企業も含めた他の分野でも非常に質のよい製品を開発されてきまし た。それは近畿の大きな財産です。これからもその財産が失われないよう、建設分野の方々も、ぜひ技術力の 向上を目指してほしいと思います。私も近畿地方の発展に向けて、受け手の立場に立ったユーザー感覚で、国 民の目線で実感できる社会資本整備を進めていく所存ですので、今後ともよろしくお願いします。 ◇きょうのお話をお聞きし、関西における幹線道路の建設が促進されなければ、産業の面でも中京圏はもち ろんのこと、北部九州地域にも遅れをとる、といったお話が印象に残りました。私も関係者の方々には、 危機感を持って道路整備に取り組んでいただきたいと願っています。そして今年は、昨年の暗い陰を払拭 して明るい一年になることを念願しております。きょうは、大変お忙しい中、貴重なお話をお聞きかせい ただきありがとうございました。局長のご活躍に期待しています。 (編集部 水谷次郎)
=== 近畿地方整備局長 布村明彦氏 ============================== (ぬのむら・あきひこ)昭和52年3月京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修了。同年4月建設省(現国土 交通省入省)、平成9年1月河川局治水課沿川整備対策官、同年7月同局河川計画課河川事業調整官、12年6 月国土庁防災局震災対策課長、13年1月内閣府参事官(地震・火山対策担当)、15年7月河川局河川計画課長 を経て現職。福井県出身、53歳。 =================================================