「着実な社会資本の整備を目指して」 足立敏之・近畿地方整備局企画部長に聞く 「官から民へ、国から地方へ」、第3次小泉改造内閣が昨年10月31日に発足し、三位一 体改革など財政構造改革に一段と拍車が掛かっている。構造改革の言葉があちこちで踊 る中、その犠牲となってきたのは、いつも公共事業。昨年暮れ、各省庁に内示された平 成18年度予算の財務省原案でも、公共事業関係費は昨年度当初比4.4%減の7兆2,015億 円と、18年ぶりの低水準になった。全般的に景気が持ち直してきている中、建設業を取 り巻く環境は依然厳しい。そこで、国土交通省近畿地方整備局の足立敏之企画部長に、 「公共投資」、「公共工事の品質確保の促進に関する法律」(公共工事品確法)、「防 災」をテーマに、着実な社会資本の整備に向けた公共事業のあり方や建設業が果たす役 割などについて聞いてみた。
公共事業費の減少はもう限界に 《かつての「荒廃するアメリカ」懸念も》
▼公共投資 ――まずはじめに、景気は回復傾向にあるという見方が一般的ですが、建設業界で特に公共投資に大きく依 存している中堅・中小業者にとっては、まだその実感がないというのが現状だと思います。昨年の建設業界を 振り返って感じられたこと、また、今年の見通しなど、そのあたりからお伺いします。
【足立部長】 近畿地方の景気動向については、有効求人倍率や完全失業率の数値をみると、飛躍的に改善 されてきたと思います。オフィスの空室率でみても、御堂筋、キタやミナミを中心にどんどんオフィスが埋ま っている状況ですし、マンションの建設にしても、特に大阪を中心に都心型のマンションが増えてきました。 また、関西全体の経済指標をみても、景気のDIや日銀の短観などのデータで上向いており、近畿は、最近、 中京圏を抜いて全国の中でトップのDIを示しています。全体的には、かなり明るくなってきているのは事実 です。 こうした中、企業のDIで建設業界と繊維業界などいくつかの業種については、まだまだマイナスで低迷して います。一部民間の設備投資がかなり活発化してきており、それに引きずられるように少しは改善されてきて おりますが、公共投資自体が毎年マイナス傾向が続いており、平成2年や3年並みの投資規模になっているの が現状です。近畿は一昨年に台風による大きな水害がありました。その復旧・復興の予算がつきましたから、 若干北部を中心に上積みされていますが、建設業にとって公共事業が低迷しているという影響は、やはり大き いと言わざるを得ません。 ――来年度予算も18年ぶりの低水準。その裏には、やはり財政構造改革があるわけですね。
【足立部長】 公共事業関係費の推移をみると、ピークは平成7年ごろでした。その後、国の予算の骨格を 定める骨太の方針に沿って、財政構造改革などの観点から公共事業費を減らすことが謳われました。目標とし ては、景気対策として補正予算を組むなど国の予算を出動させていた前のレベル、つまり平成2年の7兆3千 億円、平成3年の7兆7千億円レベルまで落とそうということですね。いまは、そのちょうど出発点の状態ま で来ている状況で、景気対策としての補正を除いた本来必要なベースまで落ちています。 ――国の予算で一番削りやすいのは公共事業費でしょう。部長は「財政構造改革には、もう十分貢献してき たのでは」とよく言っておられますが・・。
【足立部長】 公共事業が悪のように言われていますが、毎年85兆円を大きく超えている国の予算からみれ ば、公共事業費は1割にも達していません。地方交付金や社会保障関係費などは毎年上がっていますが、公共 事業費は平成7年以降下がってきました。どうみても財政構造改革に貢献してきたのは公共事業です。財政構 造改革の話が持ち上がった時に、GDPに対する公共投資の比率が欧米に比べて高いというのが公共事業費を 減らす大きな論拠でした。しかし、欧米と比較しても、日本の公共投資の比率は決して高いとは思いません。 フランス、イギリス、ドイツなどは、地震も水害もあまり起こらない国です。これに対して日本の公共事業費 では、災害対策関係費がものすごく多いわけで、この災害対策を割り引かないと正しい公共事業の評価にはな らないと思っています。 ――それにしても公共事業費の減少に歯止めがかからない。
【足立部長】 私は、もう限界に達していると思っています。かつてアメリカは、公共投資が削られたため に落橋や橋の通行止めが頻繁に起こり、1970年〜80年代は、「荒廃するアメリカ」と言われました。また、昨 年のハリケーン「カトリーナ」で大水害となったのも、これまで予算を見送ってきた政府の責任であるとの指 摘もありました。そのアメリカは、いま建設投資が非常に活発です。中でも道路整備で車の渋滞対策や安全対 策を進める新しい陸上交通関係の計画を進め、この5年間で投資予算が約2割増加したと言われています。ま た、フランスやドイツなども公共事業に力を入れています。日本では、「もう社会資本整備は十分ではない か」という人もいますが、それは全くの誤解です。公共事業を野放しにしておくと、かつての「荒廃するアメ リカ」にならないか、私は本当に心配しています。 《目的物の本質的な評価に重点》
▼公共工事品確法 ――話は変わりますが、昨年4月に公共工事品確法が施行されました。8月26日には基本方針が閣議決定さ れ、また、国土交通省も9月に直轄工事における品質確保促進ガイドラインを策定されました。今年から本格 的な運用が期待されています。近畿地方整備局としての準備をお聞かせ下さい。
【足立部長】 昨年の鋼製橋梁の談合事件や昨今のコンクリートの品質問題、さらに昨年明らかになったア スベストの問題など様々な問題が発生して、品質の確保に対する国民の見方が非常にシビアになってきている と感じています。公共工事品確法は、これまでの単なる価格競争だけで調達を行うという方式から公共工事の 調達方式を価格と品質の両方の観点から選択できることを可能にしたもので、私たちの期待も非常に大きなも のがあります。 具体的に近畿地方整備局としての取り組みは、昨年4月に品確法が施行されるのに際して、3月1日に近畿地 方整備局、2府5県3政令都市を構成メンバーとする近畿地方公共工事品質確保推進会議を発足させ、品確法 を支えていく体制を整備しました。各府県ごとに設置したブロック会議も、昨年10月にすべての会議が終わ り、次のステップに入ったところです。さらに11月17日には、多くの方々に参加していただきNHK大阪ホー ルで説明会を開きました。 ――すでに今年度下半期の発注予定工事で一般競争入札が増えています。
【足立部長】 一般競争入札は、WTO関連で決められていた7億3千万円の下限を広げ、3億円まで拡大 しました。これをさらに2億円まで広げるという計画です。品確法の総合評価落札方式は、従来から採用して いた総合評価に加えて、「簡易型」と「高度技術提案型」を新たに導入し、発注サイドが工事の規模に合わせ て適切に技術力を価格とセットで評価するものです。 ――2億円以上に一般競争を適用されるのは、いつごろになりそうですか。
【足立部長】 2億円以上については、試行的に今年度内に一部の工事に採用し、本格的に平成18年度から 適用していきたいと思っています。ですから従来の公募型指名競争入札はすべて一般競争入札に変わり、入札 方式は工事希望型競争入札との2つに集約されることになります。工事希望型も、きわめて少額の工事や維持 工事を除き、簡易型の総合評価を適用します。 ――これまでも施工実績、入札時VEや契約後VEを採用して技術力を重視されてきました。品確法では、 どう技術評価されますか。
【足立部長】 国土交通省の総合評価では、これまで発注の3割(工事金額ベース)を目標に取り組んでき ました。近畿地方整備局では、それよりも目標を高く持って技術評価し、多くの工事に適用しています。品確 法の総合評価で従来と異なる点は、基本的にすべての工事に置き換えたこと。また対象項目は、これまで必ず しも目的物の品質の評価でなく、施工方法や環境面などあまり本質的でない部分を評価していましたが、今回 は目的物の本質的な評価に重点を置いております。例えば堤防工事は、盛土などの技術をどう評価するか、大 きく舵を切っているのが特色です。 ――技術評価の算定の仕方が難しいのではありませんか。
【足立部長】 総合評価による技術評価は、すでに近畿地方整備局では3年間の実績があり確立されていま す。当面は各地方整備局で創意工夫し、いずれはどこかに集約されていく形になるかと思いますが、いろんな やり方を試行し、その中で効果的なものを探していけばいいのではないかと思っています。 ――問題は自治体、特に市町村の能力ですね。運用面について建設業団体も懸念されています。
【足立部長】 その点については、私たちも一番心配しているところです。近畿建設業団体協議会との意見 交換を行った近畿ブロック会議(昨年10月25日)の席でも、「市町村の認識を高めてほしい」「市町村での取 り組みをもっと強化してほしい」といった要望が出されていました。やはり、市町村がしっかりした取り組み をしない限り、建設業界全体が良い方向へ向かうとは思いません。いま支援の形として考えているのは、私た ちが持っている多くの総合評価の事例を参考にしていただくこと。また、技術者不足の市町村に対しては、近 畿地方整備局近畿技術事務所や近畿建設協会、積算などを扱う各府県の技術センターなどとタッグを組んで支 援を行うことが重要だと思っています。すでに一部の市町村の技術職員には、私たちといっしょに工事現場の 検査に立ち会っていただいて経験を積んでもらっています。公共工事品質確保の相談窓口も各事務所や近畿地 方整備局内に設置しておりますので、それらもぜひ活用していただきたいと思います。
――経営事項審査の見直しも必要だと言われていますね。
【足立部長】 経審については、私が耳にしているところでは、経審の点数の中にも技術点をもう少し入れ られないか、企業の社会貢献度、例えば災害時の努力をきっちりと評価できないか、さらに地域におけるボラ ンティア活動などの企業の努力を客観的に評価して経審に反映させることはできないか、といった要望が出さ れています。
《近畿に基幹的広域防災拠点を 各府県・政令指定都市を光ファイバーで結ぶ》 ▼防災対策 ――部長の前職は、内閣官房内閣参事官で安全保障・危機管理の要職を担当されていました。日本の防災も 重要課題です。
【足立部長】 私は防災で失敗するわけにはいかない(笑い)。近畿で防災危機管理面を充実するために企 画部の組織・体制を強化してきました。近畿で現在懸念されているのは東南海・南海地震であり、東南海地震 は今後30年以内に起こる確率が60%、南海地震は50%と言われています。これらが同時に発生すると、近畿で も壊滅的な被害が出る恐れがあります。ソフト面で人命は守れても、ハード面がなければ財産は守れません。 人命も壊滅的な被害から守るためには、ハード面の強化が必要です。 ――人命・財産を守るためには、やはり公共投資が必要なんですね。
【足立部長】 日本国民は、アメリカのハリケーン「カトリーナ」によるニューオリンズの大水害を見て、 アメリカという先進国でも大きな被害を受けるんだということを知り、安全・安心の観点からの備えの必要性 について改めて認識を強められたと思います。日本でも河川の堤防や高潮の堤防は、まだ決して安全とは言え ません。きわめて脆弱な国土と言えます。ニューオリンズの例だけでなく、しっかりとした公共投資を進めて いかなければ、人命も財産も守れません。国民も国内外の災害を目の当たりにして、いま、公共事業に対する 理解と期待が高まっていると思います。 ――防災の充実で、近畿地区での大きな問題点があれば教えて下さい。
【足立部長】 近畿には基幹的広域防災拠点がありません。東京は官邸をはじめ、防衛庁、立川・有明など 多数の防災拠点があります。しかし、近畿ではオペレーションをする場もありません。近畿地方整備局の別館 に会議室のスペースがありますが、オペレーションをするにはあまりにも小さい。このため大阪都心部に司令 塔機能を置き、あわせて物資や自衛隊などの人員を分配する支援の拠点を何箇所か造っていかなければいけな いと考えています。本部に画像が集まり、自治体にすばやく情報を発信できる機能が必要です。官邸の機能が そうであり、近畿にこうした防災拠点が一つもないというのは、本当にはずかしいことです。 ――なるほど。近畿には司令塔がない。自治体との情報の共有化も急がなくてはいけませんね。
【足立部長】 いま、近畿情報ネット構想推進のための協議会をつくり、道路や河川の光ファイバーで近畿 をくまなく結ぶ計画を進めています。その光ファイバーの先には約1,300台のテレビカメラが付いており、近 畿の川、道路、まちの各情報がリアルタイムで見られるようになっています。私たちは災害が発生した場合、 その画像をすばやく発信するのですが、これまでその情報がきちんと自治体に送れていたかと言えば、必ずし もそうでなかったところがありました。また、光ファイバーの効果について、最初は自治体になかなか理解・ 同調してもらえませんでした。しかし、これも一昨年の台風23号で、私が自治体に「兵庫県庁の災害対策本部 が、円山川の被害状況を光ファイバーを通じてリアルタイムで見ていた」と話したところ、他の自治体にもそ の重要性を認識していただきました。平成17年度中には、各府県や政令指定都市と光ファイバーで結びます。 ――光ファイバーの普及によって防災力が一段とアップしそうですね。
【足立部長】 はい。いま無線でも各府県に画像が入るようになっていますが、それに加えて光ファイバー は大容量で品質が高い。光ファイバーと無線があれば、いざという時にどちらかが使用できるということです ね。 ――光ファイバーの普及も問題は市町村でしょう。
【足立部長】 各市町村とは、まだ十分に煮詰まっているとは言えません。しかし、円山川の水害の時は、 近畿地方整備局の衛星通信車を現地に送り、現場の映像を豊岡市にも発信しました。また、最近では尼崎市の JR脱線事故の時も照明車と衛星通信車を送り、夜間作業を支援するとともに現場の画像を官邸に発信しまし た。こうした災害対策車は、今後も十分に活用していきたいと考えています。 ――最後に防災活動に対する見解をお聞かせ下さい。
【足立部長】 防災で忘れていけないのは、地域の建設業者の皆さんの努力です。円山川などの破堤で、実 際切れた堤防を修復されていたのは、水防団や消防団ではなく、自衛隊でもなく、地元の建設業者の皆さんで した。この建設業者の皆さんの中には、家が浸水するなど被災していた方もおられましたが、それにもかかわ らず復旧・復興のために24時間ぶっとうしで頑張っていただきました。復旧作業は、土嚢一つとってみても、 誰でも出来るものではありません。建設業者でしか出来ない作業がたくさんあります。ですからこうした大災 害に地域の建設業者の皆さんが活躍できるよう、小さな工事でも必要な公共投資は継続的に進めていくことが 不可欠です。そして地域の建設業界に先の光が見えて、安心して経営ができるような環境をつくっておかなけ ればならないと思っています。「日本は地域の建設業界がしっかり支えているために、災害が発生しても復 旧・復興が諸外国よりも早い」、そこを絶対に忘れてはいけないと思います。 ――地域の建設業者を大切にするということですね。同感です。きょうは大変お忙しい中、いろいろと貴重 なお話をお聞かせいただきありがとうございました。部長の活躍を期待しています。(水谷次郎) (あだち・としゆき)昭和54年3月京都大学大学院工学研究科修了。同年4月建設省(現国土交通省)入省、 平成2年4月河川局開発課長補佐、4年9月関東地方建設局宮ケ瀬ダム工事事務所長、7年4月河川局河川計 画課建設専門官、(財ダム水源地環境整備センター研究第三部長に出向)、9年4月河川局河川環境課建設専 門官、12年6月同河川計画課河川事業調整官、13年4月内閣官房内閣参事官(安全保障・危機管理担当)。京 都府出身、51歳。 (了)