橋爪紳也・大阪市立大学都市研究プラザ教授に聞く
国土総合開発法が平成17年7月に国土形成計画法に改正され、「全国計 画」と「広域地方計画」の2層からなる国土形成計画に再編されることになっ た。広域地方計画の策定に当たっては、近畿でもいま有識者や関係者らで盛ん に議論が展開されている。将来の近畿のビジョンをどう描くか。大阪の街づく りに焦点を当て、大阪市立大学都市研究プラザの橋爪紳也教授に現状や課題、 将来像などについて聞いてみた。 (水谷次郎) ■街のマネジメント高め、よいストックを後世に 水谷−−−国土形成計画の広域地方計画の策定に当たっては、近畿圏広域地方 計画学識者会議が設置されています。教授はその会議やシンポジウ ムの場で、様々な角度から近畿圏のあるべき姿を提案されていま す。まずはじめに、近畿の強みや弱点についてお聞かせ下さい。
橋爪教授−従来の国土総合開発法では、国土全体をどうするのか、例えば国土軸か入って基盤整備などの計画 が国土全体のバランスや均衡の中で語られてきました。 今回の広域地方計画では、各府県域ごとに自ら自分たちの未来を語ることを私たちに課題として与 えられています。 こうした観点から個人的にみた近畿の印象は、大阪、京都、奈良、兵庫、和歌山、滋賀は歴史も文 化もあり、それぞれ個性、こだわりがある産業を抱えて発展し、近畿全体が都市国家、総合地域連 合のようにコンパクトにまとまっているように思います。これが近畿の強みだと思います。 また、豊かな自然に恵まれているのも近畿の大きな特色でしょう。要するに近畿の各府県は個性が あって自ら進めてきた街づくりに対して誇りもあれば自負もある。これから何をすればいいのかと いう意思も非常に固い。本物の日本の文化・歴史を語る場合は、近畿が持っている資産を語らざる を得ません。
一方、弱点と言えば、近畿がある方向を向こうとした時にまとまりにくいこと。それぞれの地域に こだわり、役割分担や地方分担があるのでしょうが、しかし、現在、都市間の競争は避けて通れな いわけで、そのあたりのまとまりの面で難しいところがあるように感じています。例えば、いまの アジアとの関係で日本海側のエリアをみた場合、九州の福岡、北陸の新潟のような拠点となる大都 市が必要ですが、近畿ではこれまでそういった都市が生まれてこなかった。近畿が今後どうまとま って福岡などに対抗していけるのか大きな課題です。
水谷−−−皆さんがよく指摘されている日本海側のゲートウエイですね。
橋爪教授−アジアへの輸出港は、中枢機能などの集積で明らかに博多港にシフトされてきています。 水谷−−−なるほど。こうした近畿の現状や課題を背景に大阪はどのような役割を果たしていけばいいのか。 現状に目を移し、具体的に大阪の街づくりについてお聞きします。 いまは都市基盤の整備や活力の面で、東京だけでなく、名古屋にも遅れをとっていると言われてい ますが…。
橋爪教授−東京や名古屋に比べると、大阪はいくつかの負の遺産があります。バブルの時代やそれ以前の計画 で結果的にうまくいかなかった事業が目につきます。また、景気も回復しタワーマンションの建設 が活発になってきましたが、将来の街のビジョンや夢が見えてこない。
そうした中でも大阪の明るい話題と言えば、中之島の福島1丁目地区で都市再生機構の超高層ビル や朝日放送の新社屋建設が進み、来春には水都OSAKAαプロジェクトが街びらきします。 また、大阪駅北地区の北ヤード開発も2010年半ばには都市の骨格がみえてきます。 2010年後半からは大阪が変わる、活力をもう一度取り戻してほしいというのが皆さんの願いで しょう。 しかし、西梅田にオフィスが出来て、北ヤードに巨大なビルが誕生した時に、どこかのビルが空洞 化するのでは、という懸念があるんですね。私の本音を言えば…。そのためにも、もっと多くの企 業が大阪から生まれ、少なくとも本社企業がこれ以上東京へ流出しないようにし、逆に外から様々 な投資と企業を受け入れてよい経済の循環を生み出すためにも、東京や名古屋など他の都市とは違 った魅力的な地域づくりを進めていくことが必要です。
水谷−−−増えている民間のタワーマンション建設は、大阪の街づくりにどのような影響を与えそうですか。
橋爪教授−単体の高層マンションが建つエリアでは、どうすれば街がよくなるのかというビジョンのもとに開 発がそこに集約されていけばいいのですが、いまは唐突にマンションが建設されているように思わ れます。 超高層ビルは、数10年以上にわたって壊されないストックです。建て替えの経験がありません。 巨大なビルであればあるほど100年後にも建っている可能性があります。 本当に100年後の大阪を見据えてマンションが建設されているのであればいいのですが…。 大事なのは維持管理。マンションを建設する段階から街づくりといっしょになって、将来にわたっ て使うのに値する良いストックを残しておかなければなりません。 水谷−−−おっしゃるとおりです。「儲かればいいという発想ではいけない」ということですね。北浜の三越 跡地にも、日本一の高さを誇る商業複合施設、超高層タワーマンションが建設中です。 橋爪教授−北浜の超高層ビルは、低層部に品格のある商業施設が入るなど、街全体のこともよく考えて建設さ れています。ビルのマネジメントだけでなく、街のマネジメント、価値を高めていくマンション建 設なら大歓迎ですね。結果的にマンション自体の価値も高まるわけですから。 ■都市は成長のエンジン、 〜〜〜 御堂筋を個性的なビジネスセンターへ再生 〜〜〜 水谷−−−教授は「都市は成長のエンジン」と言っておられます。 橋爪教授−経済も文化も回ってこそ都市は持続的に発展します。都市のエンジンがが止まると、地域全体が悪 い方向に行ってしまう。しかし、単に回していればいいのかと言えば、そうとは言えません。新し いタイプの都市モデルを目指して、それを実践していくことが大事だと思っています。 水谷−−−大阪のシンボル・御堂筋の再生についは、どのようなビジョンを描いておられますか。 橋爪教授−新たな拠点が出来てくるという意味合いで、私は都市再生にあたって重要な街だと位置付けていま す。都市構造が変わる中で、御堂筋も変わってきています。 かつては、銀行を中心としたオフィスセンターとしての役割が御堂筋でした。それをビジネスセン ターに変えていくために、私の考えを述べますと、御堂筋は延長4・0?もある道ですから、梅田 から難波までエリアごとに個性のある街に変えること。そのブロックやゾーンごとにもともとあっ た個性は、そのまま伸ばしていくことが必要だと思っています。 長堀界隈はブランドショップが並ぶ商業拠点、淀屋橋から本町までは大阪を代表するビジネスセン ターとしてさらなる再生するべきでしょう。 問題は本町と長堀の間をどういった街にしていくのか、また、難波駅前の歌舞伎座の跡地をどのよ うな街に造り変えるのか、沿道の街づくりで次第で御堂筋の雰囲気もずいぶん変わってくるものと 思います。ビジョンづくりが不可欠だと思っています。 水谷−−−船場の雰囲気はずいぶん変わってきましたね。
橋爪教授−船場あたりでは、古いビルを改造して魅力ある店舗に造り替える動きが活発で、活気も出てきまし た。また、道頓堀でも市民による街づくりが芽生えています。私たちは「わが街」を、誇りを持っ てアピールしていくことが重要だと思います。
水谷−−−大阪を訪れる海外の人たちの目には、「御堂筋はすばらしい」と映っているようです。 橋爪教授−日本でも美しい道はいくつかあります。しかし、距離や広さで御堂筋に対抗できる道はないでしょ う。私も圧倒的に美しいと思います。大事なことは、御堂筋の沿道の企業がこの地域のことをどれ だけ考えているのか、通りに対する思いをどう描いて、また将来の資産としてどう考えているのか どうかでしょう。 日本は、ヨーロッパほど行政が厳しく景観をコントロールしているわけではありませんから。 ■大事なアジアとの接し方、その意識を街づくりに 水谷−−−それでは大阪がこれまで目指してきた街づくりと、大阪にとって今後大事なことは。
橋爪教授−大阪は戦前から経済合理主義が評価されてきました。 シカゴやニューヨークに超高層ビルが出来た時にそのアイデアをずいぶん取り入れ、キタの阪急周 辺のターミナル文化やミナミのカフェのあり方などに生かしてきました。 また心斎橋筋の専門店街は、アメリカの最先端のビジネスをみて学び、その良さを取り入れまし た。さらに中之島公園周辺のデザインはパリを意識し、中央卸売り市場はドイツの街をみている。 新世界をつくった時も、アメリカのリゾートを参考にしました。イメージはパリやロンドンなど、 要するにヨーロッパに学びながらアメリカ的な経済活動をしてきたのが大阪なんですね。 ヨーロッパ型とは、都市ごとに個性や歴史があり、それぞれ異なった判断で街をつくる「わが街、 誇りを持って暮らしている街」。 アメリカ型は、超高層ビルが建ち並び、そこに様々な機能の集積があり、成功するチャンスに恵ま れた「元気がでる街」なんです。 このように戦前期の大阪はいろんな国の先端のアイデアを勉強し、それを大阪的にアレンジしてき ました。 フランスのシャンゼリゼをみて、御堂筋にプラタナスではなく、アジアの樹木・イチョウを植えた のは、まさに大阪的と言えます。これからも「大阪型」でなければいけないと思っています。 それに今後は、ますますアジアとの付き合いが深まっていくでしょう。 アジアの地域との接し方、その意識を持って街づくりを進めていかなければいけないと思っていま す。 水谷−−−「大阪型」とは、大阪のオリジナリティーを出すということですね。 橋爪教授−はい。その象徴的な先例が大阪城の復興天守閣です。 市民の寄付でつくられた天守閣は、昔の鉄筋コンクリートを使って、当時としては画期的な高層建 築物でした。わが街の誇りをもう1度回復するためにも、世界的に斬新な建築物を都市のシンボル として、将来にわたって子孫に伝えようと考えたわけですね。 街づくりで大事なことは、事業に携わった人たちの熱い思いですよ。 今後、30年、40年にわたって建物が大事な資産、ストックとして後世に渡していけるものを、 官民それぞれの立場を尊重して街づくりを進めていけば、全体としての街の魅力がぐんと出てくる ものと思います。 水谷−−−教授はかねてから「アーバンリゾート都市・大阪」も提唱されています。 橋爪教授−リゾートの本質は、一度限りではなく、たびたび訪問したくなる街、気に入った場所で滞在したく なる所です。 都市もリゾートです。大阪も、世界中の人がしばしば訪れてみたくなるような都市型のリゾートを 育成していかなければならないと思っています。 その1つとして、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が出来ました。 そして、その周辺もだいぶ変わりました。 東京では、最近、USJのCMがどんどん流されるなど、全国ブームになっています。東京からも USJに行ってみたいという人たちが増えていると聞いています。 こうした観光面にもっと力を入れなければいけないのでしょうが、現状は大阪市や大阪府の財政 難、また民間投資もその分野において進んでいません。 東京は超一流ホテルの建設が相次ぎ、毎年海外から多くの観光客を集めています。
シンガポールや上海などでも、超高級ホテルがどんどん建設されています。滞在者が、またもう一 度訪れてみたくなるような、そんな都市型の観光地が海外で増えているんですね。 大阪も、世界中から憧れる都市にならなければいけない。それが大阪のブランドを押し上げる力に もなります。
水谷−−−最後に日本の少子高齢化について、どのような見方をされていますか。 橋爪教授−日本の少子高齢化は、世界がかつて経験したことがない状況です。こんなに長生きする時代は人類 初めてです。 日本と先進国を比べた場合、これまでドイツはトルコ移民、アメリカも移民を受け入れて、若い世 代の人口補正を行ってきました。 また、北欧は福祉に力を入れ、子育てや高齢者のための都市づくりを進めてきました。 日本はこうした経験がないために人口ピラミッドの修正ができないわけです。私は日本の少子高齢 化について、問題解決ばかりに重点を置くのではなく、そうした状況の中で、いかに魅力的な地域 や街をつくっていくべきかをもっと真剣に考えるべきだと思っています。 今後、高齢者の受け皿になるのは、都市になる可能性が非常に高くなるでしょう。 各地域の都市が高齢化社会における都市モデルになるかも知れません。高齢者にとっても安全で安 心、利便性に富んだ住みやすい都市を、私たちはもう一度つくっていくことが必要だと思います。 日本は、いま大きな転換期を迎えているのでしょうね。 水谷−−−都市が高齢者をどう迎え入れるか。私も今後の街づくりの大きなポイントだと思います。 きょうは大変お忙しい中、貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。元気な大阪、 都市再生の大きなきっかけになればと願っています。 ================================================= (はしづめ・しんや) 昭和59年3月京都大学工学部建築学科卒。同大学院で建築史学、大阪大学大学院で環境計画学・都市計画学を 専攻。大阪市立大学都市研究プラザ教授、同大学院文学研究科教授、工学博士。イベント空間・盛り場・商業 空間・集客施設など、歴史的研究と現状分析を通して、都市の「にぎわい」を多面的に研究。「明治の迷宮都 市」「大阪モダン」「心斎橋筋の文化史」他、著書多数。街づくりのシンポジウムやテレビなどでも活躍。96 年度橋本峰雄賞、97年度日本ディスプレイデザイン研究大賞を受賞。大阪市出身、46歳。 =================================================