(社)土木学会(濱田政則会長)が関係諸官庁や建設業諸団体の後援を得て、昭和62年 11月に「土木の日」(18日)、および「くらしと土木の週間」(18日から24日)を制定 して以来、今年で節目の20回目を迎えた。今年も全国各地で、市民に土木への理解を深 めてもらい、社会資本整備の大切さをアピールするために市民現場見学会やシンポジウ ムなど多彩なイベントが展開される。この「土木の日」に寄せて、濱田会長は報道関係 者の共同インタビューに応じ、現在の相次ぐ談合事件や不正行為を踏まえて、「土木に 対する信頼回復」を第一に挙げ、そのためには「土木技術者も市民とともに活動するこ とが大切だ」と強調。また、会長直属の組織として、「倫理委員会」と政策提言を行う 「論説委員会」の常設を検討していることを明らかにした。
土木技術者も市民とともに活動を 〜社会資本の整備、防災・環境対策の積極的な政策提言へ〜 ■土木学会の課題 いま一番大事なことは、「土木事業あるいは土木技術者に対する社会の信頼をいかに回復していくか」という ことであり、私たちにとって当面の最大の課題になっています。土木学会は、会員の大半が個人で入っていま す。そこが他の団体とは少し異なったところで、個人が集まったコミュニティーと言えます。学会の各種の会 合で私がよく申し上げているのは、「シビルエンジニアの原点に立ち返ろう」ということです。私も会長にな ってシビルエンジニアの意味をもう一度かみしめました。シビルエンジニアとは市民のための工学、市民の目 線に立った土木技術の実践と言われています。まさにそのとおりで、一人ひとりの土木技術者が、シビルエン ジニアの真の意味をよく考えていかなければならないと思っています。 1998年に土木学会の活動方針の柱の一つとして、社会へ尽くすべき直接的貢献度を掲げ、それを実践するため に社会支援部門やコミュニケーション部門などを設置して活動を行って来ています。その成果は少しずつ上が ってきていますが、いまだ十分とは言えません。私は土木学会にとって二つの重要な活動があると思っていま す。1つは土木技術者の立場から社会資本の整備、防災対策や環境対策などについて積極的な提言を行ってい くこと。これまでも多くの提言が出されてきました。しかし、それが十分に生かされてきたかと言えば、必ず しもそうではなかったと思っています。提言を出した後、それが実際の政策・施策に結びつくような活動を進 めていかなければいけないと考えています。 もう一つは、防災や環境問題について市民とともに活動していくことが重要だと思います。この件について は、今年5月に土木学会員と建築学会員の有志が集まってNPO「国境なき技師団」が設立されました。こう した場で、市民とともに防災などの問題について考えていくことが大切だと思っています。市民との活動によ る最近の例では、今年、滋賀県の立命館大学びわこくさつキャンパスをメイン会場に開いた土木学会全国大会 の後に防災フォーラムを企画し、インドネシアで津波を経験した高校生が同世代の日本の高校生と体験談を話 し合いました。大きな被害を受けたスマトラ沖津波の写真展も新宿駅の広場で行いました。このように市民の 中に我々が積極的に入り活動を展開していくことが、土木に対する信頼を回復する一つの道筋ではないかと考 えています。 ■土木の未来・土木技術者の役割 土木学会では、2006年度会長特別委員会(土木の未来・土木技術者の役割)を立ち上げて活動を進めていま す。主要な検討項目は「これから20年後、土木界をとりまく環境はどのように変化するか」、「それに対して 土木技術者が今後どういう役割を果たすべきか」、そして「土木技術者に要求される資質は何なのか」「それ に対して土木学会は土木技術者や組織に対してどうサポートができるのか。学会そのものがどういった役割を 担い活動が展開できるのか」ということです。 これらの課題検討に関して1か月前に土木学会のホームページで検討経過を報告し、一般の土木学会の会員に 意見を求めたところ約530名から多様な意見が寄せられました。それによると、会員が土木の将来や土木学会 の役割に対して非常に危機感を持ち、それに対しての率直な意見を持っておられることが分かりました。そう した会員の意見を集約し、今年の12月ごろに報告書をまとめて出したいと思っています。また、英文にも訳し て海外にも発信したいと考えています。 「市民との合意形成」とよく言われます。しかし、具体的な第一歩を踏み出し、成果が上がってきているのか と言えば、そうとは思われません。多くの会員からも「出前事業や現場見学会など市民とともに行動できる活 動」が重要であるという意見が出されています。 〜会長直属の倫理・論説委員会を常設〜 ■社会の要求 団塊の世代の多くも、まもなく会員を退かれるでしょう。また、若い人の土木離れが進むなど、土木が魅力の ない職場になっていると言われています。こうした状況の中、私は若い会員に「むしろこれからが土木の時代 である」とよく申し上げています。たとえば、自然災害にしても、環境問題にしても、この10年間、特にアジ ア諸国を中心に増え続けています。こうした問題に主体的に取り組むことが土木技術者の役割であると思って います。まさに、土木技術者の出番が高まってきたと考えています。 談合などによる入札制度の改革や公共工事の品質確保については、三谷浩前会長が特別委員会を組織され、中 間報告として4月に提言をまとめられました。いま、それを引き継いで検討を続けています。その中で、土木 学会内に会長直属の「倫理委員会」と社会への発信として政策提言を行うための「論説委員会」を常設するこ とを考えています。論説委員会では、もっとその時々の社会の動きなどについて、「土木学会としてどう考え てるのか、会員はどのような意見を持っているのか」を社会に発信するための論説集を定期的に発行していき たいと思っています。これらも12月にまとめる特別委員会の最終報告で具体化したいと考えています。 土木技術者の倫理問題に関しては、すでに倫理綱領を定めていますが、倫理委員会では、技術者が倫理感を高 めるための教育や実践の方法などをさらに検討する予定です。 土木が抱える課題では、土木構造物の高齢化、長寿命化に対してどう対応していくのか、また、社会が要求 している技術開発は何なのかなど、よく見極める必要があります。そのニーズに合うような調査・研究を進め ていくためには、国の公的な研究資金も積極的に獲得していかなければなりません。 ■想定外の自然災害に対して 現在、予想外の大きな常識を越える巨大なハリケーンや台風、また、地震による津波が海外で起こり、日本で も地震、相次ぐ台風や豪雨が発生しています。地球規模環境の変化によって、外的な条件が我々の予想を上回 る事態になりつつあると思われます。こうした想定外の自然災害に対して防災社会基盤の整備など、ハード対 策でどこまで行うのか、また、ソフト対策とハード対策のバランスをどのようにとるのか、土木学会としても よく考えていかなければならないと思っています。 建設業界、特に地方の業者は多くの課題を抱えています。阪神・淡路大震災で応急活動・復旧活動に従事した 建設業の従業者は、延べ約140万人と言われており、自衛隊や警察、消防隊などに比べて多くなっています。 災害復旧などを考えると、地方の建設業者の役割は非常に大きく、地方業者の健全な育成も非常に大事だと思 っています。土木学会ではこのほか、女性会員の活動に関する小委員会を立ち上げて、女性会員の学会活動を 全面的にサポートしようと考えています。
【水谷次郎】 濱田政則 はまだ・まさのり=1966年3月早稲田大学理工学部土木工学科卒、1968年3月東京大学大学院工学研究科修士 課程修了、同年4月大成建設入社、1980年4月東京大学工学博士号取得、1983年4月東海大学海洋学部海洋土 木工学科助教授、1987年4月同大学教授、1996年4月早稲田大学理工学部土木工学科教授。学会歴は1998年度 から2000年度土木学会理事、2002年度土木学会副会長を経て2006年度会長に就任。63歳。