谷本光司・近畿地方整備局河川部長に聞く 毎年、記録的な集中豪雨や地震が発生し、日本に甚大な被害を もたらしている。今年も7月に大型の台風四号が日本に上陸。 局地的な大雨で、全国各地で大きな爪跡を残した。 また、新潟県では3年前を思い起こさせる大震災「新潟県中越 沖地震」が発生し、多くの犠牲者が出た。 近畿圏も東南海・南海地震の発生確率が高いと言われている。 こうした背景を踏まえ、国土交通省近畿地方整備局の谷本光司 河川部長に、治水対策の現状と今後の方針、淀川水系の河川整 備計画策定に向けた検討など、安全で災害に強い国土づくりに ついて聞いてみた。 (水谷次郎)
■「自然の大きな力」痛感 壊滅的な被害を防止治水の水準高め、堤防補強など鋭意推進
水谷−−−まずはじめに、これまでの自然災害を振り返って、日本の治水対策をどうみておられるのか、個人 的な見解をお聞かせ下さい。 谷本部長−全国的な治水整備の状況や水準をみると、まだ治水の立ち遅れを感じます。実際に毎年どこかで堤 防が切れたり、人が亡くなっています。 治水事業は明治時代から100年、建設省が発足してから60年近く、延々と実施していますが、 これだけ私たちが努力しても、堤防が切れたりするのは、やはり自然の力が大変大きい、また大き なものを相手に果てしのない仕事をしていると思わざるを得ません。 ですから台風などが発生しても、最低限施設が壊れない、壊滅的な被害を受けないようなところま で何とか治水の底上げをしなければならないと思っています。 水谷−−−平成16年の台風23号の集中豪雨で、堤防が破堤した豊岡市の円山川や出石川の様子が目に浮か んできます。
谷本部長−都市部にある淀川や大和川は、かなり古くから改修に入っていますから堤防などの外見的なところ は出来上がっています。それに対して一番南側に位置する和歌山県の新宮川、北側に位置する兵庫 県の円山川や出石川、また京都府の由良川などは治水投資が遅れていました。 円山川や出石川の破堤は、私たちが十分に手当する前に直撃されました。由良川の下流でも、舞鶴 で観光バスが立ち往生する大洪水が起こりました。 さらに福井豪雨で九頭竜川の支川も大きな被害を受けました。自然は整備が立ち後れているところ を見逃さずに攻めてくる、という感じがします。 これらの河川では、河川激甚災害特別緊急事業(激特事業)を実施しているところですが、その予 算を5年前につけておけば堤防が切れずに済んだと思いますね。政府の予算がついてこなかったと いうのが実情です。 水谷−−−堤防は意外にもろい?
谷本部長−堤防は大きな施設です。 場所によっては上が道路になっていますから、一般市民は壊れそうにないイメージを持たれそうで す。 しかし、所詮、土で出来ている構造物です。古い時代に造られた淀川や大和川などの堤防は、近く に住んでいる住民たちが共同で普請し、目の前の川の砂を採取して堤防を造りました。そのため堤 防の中は砂が多い。 雨が降った時は水が砂を通り抜ける、地震が発生すると崩れやすいという欠点があります。 一般の人たちには分からないのでしょうが、古い堤防は非常に脆弱なんですね。それに対していま 改修している円山川などの堤防は、構造がしっかり保てるような土の材質を選び、良質な土を購入 して工事を実施していますから、昔に比べてずいぶん改善されています。 水谷−−−なるほど。堤防の補強が急務なんですね。 谷本部長−淀川や大和川は、堤防の大きさは足りているのですが、品質や強度が足りない。 堤防の強度を上げる堤防補強工事を中心に実施しています。 その最たるものが高規格(スーパー)堤防。また、京都府の木津川なども砂が多いので、堤防の幅 を厚くしたり、堤防の中に水が溜まってゆるまないよう水抜き(ドレーン工)を実施するなど、強 度を上げる工事をずっと行っています。 必要な堤防補強をやるだけでも、いまの予算ペースでいくと数十年、100年近い年数が必要で す。 そうは言っても危険な所は放置しておくことができません。 いまは家の密集している近くの堤防で、万が一壊れた時に被害が大きいと思われるところから優先 順位をつけて整備しています。 水谷−−−いまお話がありましたスーパー堤防の整備は進んでいますか。 谷本部長−スーパー堤防に着手してから20年近くなります。 しかし、進捗状況は淀川と大和川あわせてまだ10%程度です。スーパー堤防は非常に大きな堤防 なので、私どもが全ての土地を買収して実施するのが不可能です。 そのために沿川の各自治体などと連携して、土地区画整理事業などの面整備と一体となって街づく りを進め、堤防の上に街をつくっていただくのですが、現在、面整備がかつてほど活発に行われな いこと、また、大阪府では堤防を造るような場所はすでに面整備が完了しているところが多いた め、そういったところはなかなか手がつけられないのが現状です。 チャンスがある場所では、きちんと事業を進めているんですけどね。 こちらからスーパー堤防の計画を立てて実施することができないという課題があります。 ■必要な公共事業費、いまやピーク時の半分以下
水谷−−−予算確保も大変だと思います。近畿地方整備局の治水関係費はいかがですか。 谷本部長−国の公共事業費が、毎年約3%減少してきました。治水関係も、ほぼ同じ状況です。 近畿地方整備局における直轄事業の治水関係予算はここ2〜3年、横バイの予算を確保していまし たが、これは円山川などの激特事業の災害分が含まれていたためで、これを除くと実質的にはマイ ナスですね。 今年度も下がっています。予算が最も多かったピーク時は、平成2年からバブル期を過ぎた平成9 年ごろ。その後、減少傾向をたどりいまは平成2年の低い水準まで下がっているのが現状です。 金額でみると、平成2年が485億円。ピーク時の平成9年が793億円と災害分10億円。 今年は375億円と災害分208億円で、ピーク時に比べて半分以下、また平成2年に比べて災害 分を除くと100億円近く下がりました。 大変厳しいと言わざるを得ません。ピーク時は大滝ダムの建設が最盛期でした。ダムを1つ造るの に毎年200億円を超える予算が必要ですから、この分、予算が増えていました。 水谷−−−国の財政削減で一番標的にされやすいのが公共事業なんですね。 河川関係は十分な備えを望みたいものです。 いまお話がありましたダム建設は、災害が多い日本にとってやはり必要なんではないかと個人的に 思っていますが、どうお考えですか。 谷本部長−ダムの議論で注意しなければいけないのは、洪水調節の効果や環境に与える影響など、個別の河川 ごと、ダムを造る位置ごとにみていかなければいけないということです。 水を溜めるだけのダムもあれば、洪水調節や利水を目的にしているダムもあります。 それぞれのダムごとに目的や条件が異なるのに「ダムは環境を壊す」というふうに何の具体的なイ メージも描かずに一般論で語るのはよくないと思いますね。 ■「淀川水系流域委」河川整備計画策定に向け新たにスタート 効率的な運営、コスト管理を重視
水谷−−−それでは具体的に淀川水系の事業中の五ダムの現況についてお伺いします。 これまでの経緯と今後の方針を。 谷本部長−私どもはちょうど2年前に五つのダムの方針を発表しました。 これは関係府県や利水者と協議・調整するための「たたき台」として示したものです。 この時には大戸川ダムと余野川ダムについて「当面実施しない」こと、丹生ダム、天ケ瀬ダム再開 発、川上ダムについては「継続」の案を示しました。これらのダムは、もともと治水の洪水調節と 利水でスタートしたものです。 しかし、現在、水の需要が伸びないという背景があり、治水だけの話になると、その時にかかる費 用など考えた場合、優先順位で早く整備しなければいけないダムと急がなくてもいいダムがあるの では、という提案をしたわけです。 当面実施しないという案は、ダムが要らないといっているのではなくて造るのを後回しにしよう と。 これも平成9年ごろの予算が毎年確保できれば引き続いて5つのダムすべてを整備できるのです が、予算が半分以下になっている状況から優先順位をつけて実施する方法以外ありません。 私どもの提案に対して各府県からは、「急いでダムを建設してほしい」といった要望など、様々な ご意見を伺っています。そうした意見を聞きながら近畿地方整備局の中でも、どのダムから順番に 実施すべきか、議論する最終段階に入っています。 水谷−−−大戸川ダムや余野川ダムは、工事用の付け替え道路にも着手されています。 今後、どうなるのでしょうか。 谷本部長−大戸川ダムや余野川ダムの用地はすでに買収ずみで、本体工事に着手するところまで来ています。 7月に東京で社会資本整備審議会の淀川小委員会が開かれ、ダムについても審議されました。 この中で大戸川ダムと余野川ダムも必要とされました。必要というのは、最終的には必ず要るとい うことですね。 私どもが言っている優先順位とは緊急性。限られた予算ですべての事業を一度にやることは出来ま せん。また、各府県も大きな負担を強いられることになります。 やはり緊急性の高いところから順番に実施していく以外に方法がありません。 水谷−−−淀川水系の河川整備計画はいつ策定されますか。 谷本部長−目標としては、今年度内に策定を終えたいと考えています。 その手続きとしては、まず河川整備基本方針が東京の淀川小委員会で議論されましたので、その上 部組織である分科会で認めていただければ近々基本方針が出される予定です。 この方針を受けて、ただちに近畿地方整備局で河川整備計画の策定準備にとりかかります。 策定する段階では、住民、学識経験者、自治体の意見を聞かなければなりません。 最終的に案が固まるまでに半年以上はかかるでしょう。 水谷−−−淀川水系流域委員会は、平成13年2月に設置され、6年間で通算500回を超える委員会・地域 部会・テーマ別部会を開催されてきました。 その方式は住民参加の従来にない新しい審議方式を取り入れ、内容や資料の全面公開、傍聴者の発 言を認める「淀川方式」として高い評価を受けていました。今年1月に休止された理由と2月に設 置されたレビュー委員会の目的についてお伺いします。 谷本部長−昨年の暮れから今年初めの時点で、東京で審議される基本方針がいつごろ出来るのか全くメドが立 たない状況でした。 そうすると、整備計画そのものの議論に入ってくる時期が読めない。委員会の方々に待っていただ くわけにもいきません。 そこで今年1月31日で当時の委員会の任期が切れたためにいったん休止したわけです。
2月に設置したレビュー委員会は、基本方針が出されてもう一度流域委員会をスタートさせた段階 で、さらに効率的な運営が出来るよう、この6年間の活動を振り返って、よかったこと、もう少し 改善しなければならないこと、さらには工夫の余地などを整理しておこうと思ったからです。 次期流域委員会の委員選定について、まず新メンバーは公募方式を採用し、さらに第三者からなる 推薦委員会で候補を選んでいただきました。 その後、旧メンバーと新メンバーがほぼ半々になるよう、また年齢的なバランスをみながら検討を 加え、最終的に推薦委員会の皆さんにご確認いただきました。 水谷−−−流域委員会の再開に当たっての抱負や新メンバーの方々に期待することは。 谷本部長−淀川流域委員会は、透明性や住民参加の視点で社会的にも高い評価をいただいておりますので、こ れまで以上に透明性を確保して実施していきたい。 自由に議論していただく運営の仕方を尊重し、参加された傍聴者の方にもこれまで同様に発言する 機会を用意して、オープンな形で議論していただきたいと思います。これまでの反省点と言えば、 熱心さのあまりものすごい回数を開いて審議されたため、多くの時間と費用がかかったこと。 今後は効率的な運営を進めるためにスケジュールや予算管理をきちんとしなければならないと思っ ています。 それと学識経験者の専門分野のところを明確にしたい。これまでは、治水の専門家として発言され る一方、一般住民の気持ちとしても意見を述べられるなど、境界線なしの自由な発言でした。 今後はダムの計画論、洪水の計算の仕方、環境問題など、専門分野についてはきちんと発言してい ただいた上で、個人的な考えを述べてほしいと思います。 私は、治水、環境、法律など全く異なる分野の専門家が、必ずしも統一した意見を出す必要はない と思います。それをムリやり一つの意見にまとめようとすると、それこそ多くの時間とエネルギー を要します。 こうした点はレビュー委員会でも、「今後は一つにまとめるよりも効率的なスケジュール、コスト 管理を重視しましょう」といったご指摘を受けています。 来年3月末までには、淀川河川整備計画が策定できるよう頑張りたいと思います。 ■津波・高潮に万全期す 〜〜〜 住民の防災意識も徐々に向上 〜〜〜 水谷−−−私も効率的な運営を期待し、できるだけ早く策定されるよう願っています。 話は変わりますが、また新潟県では「新潟県中越沖地震」が発生し、多くの犠牲者が出ました。 地震に対する備えや住民の防災意識については、どのようにみておられますか。 谷本部長−国土交通省でも、大きな津波防災訓練を実施しており、その結果、住民の意識も徐々に高まってき ていると思います。 近畿圏でも東南海・南海地震が想定されていることから、近畿地方整備局管内でも防災意識が強く なっていると感じています。 国交省の津波防災訓練の第1回目は、平成17年7月に和歌山県田辺市で実施されました。 その時、北側一雄前国土交通大臣にも来ていただき、「この訓練は、非常に大事であり、何年も続 けていかなければならない」と訓辞されました。昨年は四国、今年は東北で実施されました。 近畿も1回で終わるのではなく、昨年は堺市で行い、今年は兵庫県で実施することにしていま す。 水谷−−−高潮対策について大阪湾は、水門、樋門、排水機場施設が760箇所もあり、東京湾などに比べて 圧倒的に多く設置されています。 谷本部長−高潮対策については、ほぼ出来上がっていると思いますね。 具体的に和歌山県の鮒田水門には急閉装置を改造し、スイッチを入れると約10分で閉まるような 装置を取り付けています。 また、淀川、神崎川などの堤防の壁はコンクリートで出来ており陸閘が17箇所あります。 淀川大橋などは大阪府警などの協力も得て、夜中の一時〜2時に実際に鉄扉を閉じる訓練を毎年実 施しています。 このように私どもも、ハード・ソフトの両面で防災に対するいろんな対策や手段を用意しておかな ければならないと思っています。 それと内陸県は高潮の被害を受けないため、そこに様々な基地や貯蔵庫など準備しておくことな ど、様々な工夫をしていくことも必要ではないかと思いますね。 水谷−−−最後に水環境の整備について一言お願いします。 谷本部長−私たちの仕事は、第1に安全・安心の河川整備に務めることですが、実際の川に濁流が荒れ狂うの は年に1回あるかないかのこと。日頃は穏やかな川なんですね。 そうした中、汚れた川を自然の美しい川に戻していこうという取り組みが各地で地道に行われてい ます。 大和川の水質も、かつては生活排水やゴミなどが原因で、全国でワーストワンと言われていまし た。そのころに比べると、いまは大きく改善されてきました。将来は水遊びができる川に蘇るでし ょう。 道頓堀川もそうですね。私がよく申し上げているのは、「川はその街の暮らしを映す鏡」だと。 目先の利益や利便にばかりとらわれ、自然の役割から目をそらしていると、ゴミだらけの汚い川に なります。 その汚い川を嫌うのではなく、「汚くしているのは自分たちで、恥ずかしいことなんだ」という思 いを皆さんに持っていただきたいと思います。
水谷−−−同感です。みんなが自ら率先して川を美しくしたいという気持ちが大事なんですね。 きょうは大変お忙しい中、貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。 (たにもと・こうじ)昭和55年3月京都大学大学院工学研究科土木工学修了。同年4月建設省(現国土交通 省)入省、平成2年4月1日河川局河川計画課課長補佐、4年5月16日三重県土木部河川課長、7年7月7日 関東地方建設局京浜工事事務所長、9年4月1日同建設局八ツ場ダム工事事務所長、13年4月1日河川局河川 計画課河川事業調整官、15年4月1日水資源開発公団(現独立行政法人水資源機構)関西支社副支社長、17年 6月1日近畿地方整備局河川部長。奈良県出身、51歳。